西部邁の出身高校と大学は?妻と息子もチェック!

西部邁さんをご存知でしょうか?

日本を代表する評論家です。

そして元経済学者であることはご存知の方も多いかも知れません。

今回は、そんな西部邁さんについて記載したいと思います。

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西部邁さんのプロフィール

西部邁さんのプロフィールですが、

生年月日は1939年3月15日です。

2017年1月21日にお亡くなりました。享年78歳でした。

原因については、他のサイトで記載していますので割愛したいと思います。

読みは、「にしべ・すすむ」さんと言います。

西部邁さんは、雑誌『表現者』の顧問をしていたり、元東京大学教養学部の教授をされていたりしました。

西部邁さんのお父様は、農協職員だったそうです。

出身は、北海道長万部町です。

北海道長万部町という町は北海道のかたならご存意かと思いますが、港町で、かなり静かな所です。

ホタテやカニなどがとれ漁業が盛んです。

また、東京理科大学長万部キャンパスなどもあり、 基礎工学部の1年次はここで全寮制で学ばれるそうです。

さて西部邁さんの話に戻しまして、

出身高校は、北海道立札幌南高校と北海道でも超優秀な高校を卒業されています。

出身大学は、東京大学経済学部ですから、こちらも相当優秀ですね。

西部邁さんは東大に、現役合格はしていないく、結局一浪したそうです。

その後の経歴もすごく東京大学大学院を出た後は、横浜国立大学経済学部の助教授をしており、

東京大学教養学部を助教授をしていました。

その後は、カリフォルニア大学バークレー校やケンブリッジ大学など海外を渡り歩くなど、

かなり優秀であることが解ります。

「朝まで生テレビ」という番組に西部邁さんが出演していたのは記憶に新しいのではないでしょうか?

実は評論家としてはかなり世間的にも有名なのですが、

18歳まで重症の吃音があって、うまく喋れないという若い時にとても苦労されていたそうです。

西部邁さんは様々な賞を受賞します。

『経済倫理学序説』を発表して、1983年には、吉野作造賞という賞を受賞。

また、『生まじめな戯れ』と言う作品を発表して、サントリー学芸賞を受賞。

しかしそんな様々な実績のある西部邁さんでしたが、実は、西部邁さんは2013年に咽頭がんに患わっていたそうです。

その後は、テレビなどに出演している様子でしたので、特に見た感じは、それほど重くはなかったかと思われいたのですが、

実際のご病状に関しては本人にしか解りませんね・・・。

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出身高校と大学は?

西部邁さんの学歴について記載したいと思います。

小学校は、札幌郡厚別の信濃小学校というところを卒業しています。

中学校は、札幌市立柏中学校を卒業しています。

この中学校は、札幌市中央区南にある中学校です。

先程説明したとおり、西部邁さんの出身高校は北海道立札幌南高校です。

実は、北海道立札幌南高校と札幌市立柏中学校は、徒歩で11分位の距離にあります。

もしかしたら中学校入った頃からこの札幌南高校を目指していたのかも知れませんね!

大学は東京大学経済学部なので説明するまでもありませんね。

東大経済学部出身と言ったら、

政治家の亀井静香氏や経済アナリストの森永卓郎氏などがいらっしゃいます。

ここでは北海道立札幌南高校についてちょっと説明します。

北海道立札幌南高校は東西南北と札幌の進学校の4公立で、少しまでは一番難しい高校と言われていました。

現在は、札幌北高が一番難しいと言われていて、北海道の公立高校の中では2番目に難しいです。

偏差値は71ですから、それでも相当の超難関高校というのが解ります。

進学先も東大・京大はもちろん旧帝大の進学も多数で地元の北大へ行く人も多いです。

この南高校を卒業した人でも、例えば、任天堂の岩田聡社長や小説家の円城塔さんなど有名人も多いです。

流石に優秀な北海道の超進学校なだけあって、有名人も多数であることが解ります。

東大に関しては、実は現役合格は出来なかったようで、一浪をしてしまったそうです。

それでも一浪して東大ですから、とても頭も優秀であることが解りますね。

妻と息子が気になる!

西部邁さんの妻の名前については不明ですが、2014年3月に亡くなられてしまいました。

原因は癌だったようです。

妻とは高校時代からの有人だったそうで、文学少女だったようです。

高校時代からずっと寄り添っていたので、恐らく西部邁さんにとっても、

かなりの心の支えだったのではないでしょうか?

子供は息子さんがいて、長男の西部一明さんというかたです。

読みは、「にしべ かずあき」さんとお呼びします。

西部一明さんは、ヨーロッパで生活が長かったそうで、フランスで教務職員をしていたり、

イタリアで料理はレストランの経営を学んだそうです。

帰国の2002年4月には、東京にイタリアンレストランの店をかまえ、

そこではオーナー兼支配人として活躍されていたそうです。

お店の名前は「ゼフィーロ」という名前だったそうです。

場所は東京の西麻布にあったそうで、東京の一等地でお店を経営されていたという事になります。

現在その店は2007年4月に閉店されているようで、今はお店を開店されているかどうかは解りません。

現在は、早稲田大学で、公共政策研究所の客員研究員をされているそうです。

息子は料理の道に進み、父親とは同じ評論家の道は進まなかったのですね。

ご年齢については公開されていないので、詳細は解りませんが、

1969年にお生まれになっているとのことなので、年齢は今年で、49歳になるという事になります。

西部邁さんには、娘さんがいらっしゃるいう噂ですが、名前や生年月日も解っていません。

西部邁さんの事務所に勤務している?という噂もありますが、実際のところは解りません。

西部邁さんの年齢を考えれば、もしかしたらお孫さんもいらっしゃっるかもしれません。

もちろんお孫さんについてはも情報は公開さていませんので、不明です。

まとめ

今回は西部邁さんについて記述しました。

日本を代表する評論家の一人である西部邁さんですが、

東大をはじめ海外で学ばれ東大の教授もされていました。

なかなかプライベートが多い部分もありますね。

残念な方を無くしました。

詳細が解り次第またご報告したいと思います。

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