沢島忠の結婚や子供が気になる!高校や大学もリサーチ!

沢島忠さんをご存知でしょうか?

東映の任侠映画の先駆者・巨匠としては有名で、

「人生劇場」シリーズや「一心太助」シリーズなどがあります。

また、美空ひばりさんや中村錦之助さんなどの映画作品を手がけた巨匠としても知られています。

多くの作品を世に出してきましたが、残念ながら2018年1月27日にお亡くなりになられています。

92歳のことでした。

今回は、ご冥福をお祈りしつつ、沢島忠さんについてご紹介したいと思います。

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プロフィール

沢島忠さんは1926年5月19日のお生まれです。

星座は牡牛座です。

神木隆之介さんや安藤政信さんなどが同じ誕生日です。

「さわしま ただし」さんとお呼びします。

滋賀県愛知郡湖東町という町でお生まれになります。

現在この町は、東近江市となっています。

1950年に東横映画に入社。

「忍術御前試合」と言う作品で、初監督をつとめます。

その後はフリーランスとなり、「コマ・プロダクション」を設立します。

そして映画監督より舞台演出家に転身。

舞台演出としては時代劇がほとんどでした。

長年の功績が認められ、2017年には日本アカデミー賞の特別賞を受賞します。

沢島版忠臣蔵映画を作ろうと力をいれていましたが、91歳にお亡くなりになられました。

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結婚や子供もリサーチ

沢島忠さんは28歳の時に高松富久子さんと結婚します。

高松富久子さんは、日本のスクリプターや脚本家として有名です。

スクリプターとは、映画の撮影の記録をとる仕事だそうです。

緻密かつ全体の状況も見ていていかなくてはならない仕事ですので、忍耐力やスピード、コミュニケーション力も要求される仕事です。

彼女は、1921年3月31日の生まれの東京育ちで、

川村女学院を卒業して、東京発声に入社、スクリプターとなります。

祖父のお名前は高松豊次郎さん。

タカマツ・アズマプロダクションの創始者としても有名です。

父は高松幹一さん。吾嬬撮影所の所長でした。

まさに映画・舞台などにかかわるクリエイティブな血筋の家で生まれています。

母は「こう」さんでした。

高松富久子さんは、1990年6月2日に69歳でお亡くなりになられています。

沢島忠さんの子供に関する情報は調べましたが解りませんでした。

高校や大学もリサーチ

さて沢島忠さんの高校と大学について調べてみました。

高校については、情報が公開しておらず、解りませんでしたが

大学については1948年に同志社大学文学部の聴講生となります。

しかし、翌年に大学を中退しています。

まとめ

いかがでしたか?

今回は沢島忠さんについてご紹介しました。

東映時代劇でご活躍され、「人生劇場」シリーズなどを世に出してきた沢島忠さん。

「忠臣蔵」の映画化として力を入れていて、

台本を各大手企業に提案していたものの、その夢は叶いませんでした。

何とか映画化になればとファンのかたも望んでいたのに非常に残念です。

また一人日本の巨匠を失いました。

最後までお読み頂き有難うございました。

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