三國清三の妻や娘が気になる!若い頃や弟子についても紹介

三國清三さん(みくにきよみ)は、知る人ぞ知る日本を代表するフランス料理のシェフあり、

株式会社ソシエテミクニが運営する全国にあるフランス料理の店の経営者です。

一度は彼の店に行ってみたい!と思う方も多いですね。

しかし、彼の幼少時代は貧乏で苦労したようでが、その逆境に打ち勝ち

ここまで有名なシェフになりました。

今回は三國清三さんについてアプローチしたいと思います。

スポンサード リンク

プロフィール

  • 生年月日:1954年8月10日生まれ
  • 年齢:63歳(2017年11月現在)
  • 出身:北海道増毛町
  • 職業:洋食料理家
  • 名前:三國清三
  • 読み:みくにきよみ
  • 最終学歴:中卒

北海道の増毛町にて半農・半漁の7人兄弟の3男として生まれました。

増毛町は北海道北西部に位置します。

ボタンエビの漁獲高が日本一だそうです。

日本最北の酒蔵もあり、オロロンラインの通過点でもあります。

兄弟は、兄2人、姉2人、弟2人、妹だったそうです。

さて三國清三さん家が貧乏だったエピソードを紹介します。

彼のお父さんは、毎日小さな舟で漁に出ていたそうなのですが、

海がしけてしますと舟を出す事が出来なくて、家に食べ物がなくなってしまって空腹になったそうです。

空腹の思いで海が凪ぐのを待って、凪いだらすぐに浜辺に走って、打ち上げられたものを拾って食べたそうです。

中でもよく食べたのがホヤだったそうです。

海水で洗って、その場で食べたようです。

ホヤは、甘さ、酸っぱさ、しょっぱさ、苦さ

四つの味を備えている海産物です。

この食材を食べることで、彼の味覚は鍛えられたそうです。

しかし、そんな状況では、学費が用意できなく、中学卒業後は即座に就職、最終学歴は中卒となりました。

当時は、三國清三さんは高卒の人間には負けたくないと、自分を奮い立たせたそうです。

その時のエピソードありますのでご紹介します。

中学校卒業後に札幌にある米店で住み込みで働きながらは、夜間の調理師学校に通ったそうです。

そして、米店の紹介により得意先だった札幌グランドホテルにて修業を開始します。

そして、なんと中卒だったにも関わらず、早くも半年後には、正社員になったそうです。

とにかく負けたくない。という気持ちが彼をここまで這い上がらせたのでは無いでしょうか?

更に、1973年に若干20歳で駐スイス日本大使館料理長に就任するなどその成長のスピードは目覚ましいものがありました。

現在ではシェフとして活躍する一方で、食育活動やスローフード活動にも力を注いでいます。

スポンサード リンク

妻や娘

三國清三さんは、医者の娘さんと結婚しています。

彼とは違って裕福な家で育ちます。

名前は、久美子さんです。

奥さんの方が身長も高くスマートです。

まさしくレストランのマダムにはふさわしいですね!

また三國清三さんには、娘がいらっしゃいます。

三國珠杏さんです。読み方は、「みくにじゃん」さんだそうです。

読み方が難しい・・・ですね!

普通は「じゃん」ではなく「じゅあん」と読んでしまいそうですね?

慶応義塾大学を卒業していて、今は大学院に進んでいるようですね。

社会学研究科修士課程で学んでいるようです!

娘さんは既に結婚しているようで、その結婚式のとき、三國清三さんは、

照れて新婦の横に並ぶ事が出来なかった為、厨房から手を振るぐらいしか出来なかったというエピソードもあります。

離婚について

三國清三さんを検索すると離婚という関連用語で検索されるようですが実際には離婚していないようですね。

やはり人々の関心は結婚と離婚という言葉には敏感ですね!

店について

「ソシエテミクニ」という会社組織にしてレストランを経営しています。

三國さんは国内に16店舗展開していて、海外にも数店舗レストランを経営しています。

料理の研究にも力を入れていて、世界を駆け回る忙しい日々を送っています。

そんな数あるレストランの中でいくつか紹介しましょう。

オテル・ドゥ・ミクニ」(東京、四谷

ミクニマルノウチ」(東京、丸の内

ラー・エ・ミクニ」(東京都、竹橋

ミクニヨコハマ」(神奈川県、横浜

ドメイヌ・ドゥ・ミク二」(長野県、軽井沢

ミクニナゴヤ」(愛知県名古屋

ミクニシミズ」(静岡県、静岡市

三國清三さんのレストランにはこのように全国に店舗があります

主にフランス料理を味わう事が出来るお店で三國清三さんの方針により自然本来の味を引き出す事を重視しています

各店舗共に落ち着きのある空間で更に多くが一等地にあるためにアクセスがよく大都会にいながら優雅な食事が楽しめる場所となっています

オンラインショップメゾンミクニいったものもあります

その他にもプロデュース店やカフェミクニズといった店があり様々な都市で三國清三さんのレストランへ行き食事する事が出来ます

弟子は?

三國清三さんの弟子を紹介します。

沖縄(琉球)出身のフランス料理人の島袋司さんです。

沖縄でフランス料理というちょっとミスマッチなところもありますね!

しかし、逆に沖縄の食材をふんだんに使ったフランス料理は食通の間からは注目を受けているそうです。

  • 名前:島袋 司
  • 読み:しまぶくろ つかさ
  • 生年月日:1976年(年月は非公開)
  • 年齢:41歳位(2017年)
  • 出身地:沖縄県那覇市

島袋司さんは温暖な沖縄で育ち、沖縄調理師学校を卒業して、シェフとなります。

そして2000年の九州沖縄サミットでは、総料理長を務めた程の腕前です。

妻と3人の子どももいるそうです!

三國清三の魅力

三國さんは父が漁師母が農家という貧乏な家に生まれながら色々な場所で修行を積み

貧乏をものともしない活躍をされています

当時帝国ホテルでは見習いで料理を作った事が無かったにも関わらず要領のよさや吸収能力の高さを見せ

料理人にとって重要な塩の振り方をマスターしていた事などから村上料理長に推薦された事で駐スイス日本大使館の料理長に20歳の若さで就任した事など天才的な料理の腕を持っている方です

外食業界のイメージアップ等に貢献した事を評価された事で6回外食アワード特別賞を受賞

社団法人全日本司厨士協会の理事に就任

世界最高峰のタイのオリエンタルバンコクにてミクニフェスティバルを幾度と開催

フランス高級料理組合に日本人で初めて加入九州沖縄サミットの福岡蔵相会合でも総料理長を務め

内閣総理大臣からも知的財産戦略本部コンテンツ専門調査委員会に任命されるなどなど

全てを書ききれないほどにたくさんの賞を受賞されたり重役を任されたり

国同士の首脳会談の場で料理長を務めたりとその実績は凄まじいという言葉でも足りないほどに大活躍されています

そして数々の食の大使にも就任しておられます

さらには数々の食にまつわる著書も出版されており三國さんのプロデュースした料理店も数多くあります

そしてボランティアも行っておられるなど

料理と違ったところでの活躍もしていらっしゃいます

世界のミクニとして日本だけではなく世界各国に影響を与える日本が誇る料理界の巨匠です

今後も頑張ってほしいですね!

スポンサード リンク

関連記事