村田紫帆の出身大学は?結婚も気になる!夫と子供もリサーチ!

村田紫帆(むらたしほ)さんをご存知でしょうか?

菊乃井の三代目主人である村田吉弘さんの娘です。

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また同じ京都出身で有名旅館で育った娘さんがいます。

料理研究家である大原千鶴さんです。

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父親である村田吉弘といえば、菊乃井の店を運営して代表を務めています。

三代目ですが、今後は村田紫帆さんの夫である梅澤智晴さんが四代目を築いていくという事です。

まさに菊乃井は次世代へと向かっているのかも知れませんね!

菊乃井と言ったら、創業1912年の100年以上の歴史を誇ります。

そんな家で育った村田紫帆さんが気になりますね。

今回はそんな村田紫帆さんについてアプローチします。

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村田紫帆の出身大学は?

村田紫帆さんは、村田吉弘さんのご長女です。

大学は、京都精華大を卒業しています。

京都精華大とは、京都府京都市左京区にある大学で、マンガ学部などユニークな学部もあります。

京都精華大の卒業生は元オセロの中島知子さんなどもいます。

村田紫帆さんは2008年25歳の時に京都三大祭りの一つ「葵祭(あおいまつり)」の第53代斎王代に選ばれました。

京都精華大卒業後は、ギャラリー勤務を経て実家で若女将の修業を始めたそうです。

子供の頃から絵を描くのが大好きだったそうで、

大学2年の時に短期留学したタイではエイズ孤児らと絵を通じて交流を深めたそうです。

茶道や華道も学んでいるようです。

もしかしたら彼女は絵を書くのが好きだったので、芸術学部やデザイン学部の可能性がありそうですね!

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結婚は?

村田紫帆さんは、ご友人・梅澤智晴さんと結婚しました。

結婚式は3年15月だったようで、結婚式に各界の著名人が来ていました。

大学時代からの友人であった梅澤智晴さんとご結婚されたようです。

2008年で25歳だったので、結婚は2016年なので村田紫帆さんが33歳の時に結婚したんでしょうね。

夫や子供は?

村田紫帆さんの夫の梅澤智晴さんは、大学時代からの友人だという事なので、同じくらいの年齢でしょうか?

村田紫帆さんも既に34歳なので子供もいそうな年齢ですね!

しかし、子供の情報はありませんでした。

ただ、結婚して一年経過したので第一子誕生という声も聞こえてきそうですね!

母親や妹は?

村田紫帆さんのお母さんは、村田京子(むらた きょうこ)さんで、女将です。

和服美人ですね。

1955年京都市生まれで、2017年で62歳になります。

村田京子さんはの実家は呉服屋だったそうですよ。

村田吉弘さんと村田京子さんは「お茶のお稽古」で出会ったそうです。

村田京子さんが25歳の時に村田吉弘さんと結婚しました。

若女将を経て、2001年9月に女将を継いだそうです。

村田紫帆さんは長女ですが、実は妹がいるそうです。

以前ネットの情報で、大学 2回生と高校 2年生の2人のお嬢さんがいたと記載がありましたので、

村田さんが留年・浪人していなければ3歳差という事でしょうか?

ただし名前も非公開でした。

もしかしたら一般企業に勤めているかも知れませんし、既に結婚しているかも知れませんね!

菊乃井とは?

菊乃井は、京都府京都市東山区に本社を置く料亭です。

本店は京都市東山区にあり、その他、東京の赤坂にも出店しています。

菊乃井ではオンラインショップもあります。

店にはなかなか行けないけど、実際にあの味を食べたいという事ってあるかも知れませんよね?

そんな時にこそネットで注文しませんか?

例えば、気軽に本格的な「鯛めし」や「にゅうめん」などを購入することができます。

デパートでも惣菜・弁当等が購入できるので菊乃井の味を知りたいかたはいかがでしょうか?

菊乃井は、1912年に創業していまして今年で105年ですね。

100年続く会社ってなかなかないですからね!

しかし、老舗企業でも衰退していく会社も多いわけですから今後も常に先を見ていく経営が求められますね!

父親は?

村田紫帆さんの父親が村田吉弘さんです。

村田吉弘さんは京都の老舗料亭菊乃井の長男として生まれました。

立命館大学在学中には当時日本ではまだまだ一般のサラリーマンに高嶺の花であったゴルフをプレーするなどしていました。

そして立命館大学産業社会学部を卒業後、当然の事のように料理人の道へ進む事となります。

大学卒業後には名古屋の料亭、加茂免で修行を積み、実家に戻られた後に菊乃井木屋町店を開店しました。

伝統ある料亭の息子に生まれ、その重みを背負っても守りに入る事なく積極的に行動し、東京への進出や、フランス料理とコラボレーションの道に挑戦するなど、型に縛られない柔軟さとハングリー精神を見せていました。

そんな村田吉弘さんは意外にも最初はフランス料理の料理人になろうとしていたのだとか。

そしてフランスに料理を学びに行ったのですが、フランスでは日本料理の素晴らしさを語られる事が多く、

村田吉弘さんもそれに影響されフランス料理の料理人を目指す事から日本料理の料理人を目指す事に変更しました。

しかし先代にその事を告げると男が前言を翻すとは何事かと激怒されてしまい、灰皿を投げつけられてしまいます。

その時に当たった灰皿が当たった後が現在も眉の所に残っているそうです。

そんなエピソードがありながらもめげる事なく日本料理の料理人としてメキメキ力を付けていった村田吉弘さんは、

北海道洞爺湖サミットでも料理を作る事を任されるなど、日本を代表する日本料理の料理人となりました。

そして、その他にもシンガポール航空の機内食を監修するなど活躍は国内にとどまりません。

また、本来は材料ではないチキンラーメンやべっこう飴、

チョコレートなど奇抜とも言える食品を使った新しい形の料理を作ったりとただ料理が上手というだけではない料理のセンスも見せ、

そういった事が現代の名工と評価され、2012年に厚生労働大臣表彰を受けるなどしました。

そして2013年には京都府文化賞功労賞も受賞しました。

その他高級料理店だけでなくテレビなどにも出演され、

比率を使った調味料の配分など一般の方にも分かりやすい料理の解説で知られています。

高級料理にとどまらず一般の料理人視点でも料理を語る事が出来るので高貴な部分と庶民的な部分が上手く融合した方といった印象を受けます。

そして著書も多数出版されています。

一般の方に分かりやすく、そして日本料理に対する敷居が低くなるような親しみやすい雰囲気の著書が数多くあります。

現在では菊乃井の三代目を務められている村田吉弘さんは日本料理界の発展に尽力されている偉大な改革者といった人物です。

最後に

いかがでしたか?

今回は村田紫帆さんとその家族について記載しました。

今後も夫と一緒に菊乃井を盛り上げていってほしいですね!

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