横山大観の妻と子供について!孫は?子孫や脳の保管についてもリサーチ!

横山大観とは日本を誇る日本画家として今でも語り継がれる程の日本画家の巨匠としてとても有名です。

第1回文化勲章受章も受賞したとても偉大な芸術家としてしられています。

そして無類の酒好きとしても大変有名で人生の後半には酒をこよなく愛し

ご飯は殆ど口にせずお酒とおつまみ程度の食べ物で済ませていたというエピソードも残っています。

今回は横山大観の事柄についてまとめてみました。

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プロフィール

横山大観さんの事についてプロフィールを記載したいと思います。

本名は、横山 秀麿(よこやま ひでまろ)

常陸国水戸出身

1868年11月2日生まれ

星座は蠍座です。

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2017.12.25

東京美術学校に第1期生として入学します。

そこでは、岡倉天心などから絵を学びます。

 

代表作に重要文化財として、「蕭湘八景」や「生々流転」などがあります。

1958年2月26日に89歳でお亡くなりになられています。

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妻と子供について!

 

横山大観は3回結婚をしています。

 

1897年29歳の時に最初の妻の文と結婚をします。

そして31歳の時に長女の初音が誕生しました。

しかし、妻の文は明治36年に亡くなりました。

そしてその3年後にはまだ小さな初音も病気で亡くなってしまいます。

 

その後、1906年に2番目の妻となる四谷の材木商の娘の直子と結婚をしましたが、その直子も1913年に亡くなってしまいます。

 

そして人生最後の3番目の結婚は静子という女性で、その静子は1976年まで長生きをした唯一の女性でした。

実子は最初の妻との間に出来た初音だけでした。

それ以外は3番目の妻の静子の弟の善信を養子として自分の子として育てました。

 

孫は?

現在もご存命のお孫さんが一人いらっしゃいます。

その方は横山隆さんというかたです。

横山大観の息子(養子)の善信の息子となります。

横山大観記念館館長をされています。

今でもおじい様である横山大観の歴史を広める為の記念館の館長をされていらっしゃるとはとても素敵な関係性が伺えますね。

 

子孫について!

子孫として一番有名なのは、東京にある横山大観記念館の館長をする横山隆さんです。

実子である最初の妻滝沢文子との間に設けた長女がいますが、長女も6歳で他界されてしまっています。

三人目の妻である静子さんとの間には子供はありませんでしたが、善信さんという養子をもうけて育て上げました。

その善信さんのお子様にあたる横山隆さんが、存命するお孫さんとして知られています。

 

脳の保管についてもリサーチ!!

横山大観さんは昭和33年2月26日に老衰の為に他界しました。

大観さんは40歳の頃からはお米等の主食は殆ど口にせず、お酒だけを少しずつ飲むという異例の食生活をして生活をしていたそうです。

要するに、食べ物は殆ど口にせず、お酒類と少しの肴だけを口に入れて生活をしていたそうです。

基本的には大酒飲みでアルコール好きだった大観さんですが、

当時の健康事情にしては、何とも長生きな89歳まで生きたまさに偉人でした。

 

その大観さんの脳は、何と今まで大切に保存されていると言われています。

東京大学医学部の保管庫があるそうですが、その保管庫にアルコール漬けの状態で保管されているようです。

特筆すべきは、大観さんの脳の重さという事で、日本人の脳自体の平均的な重さの指数というものがあるそうですが、

成人男性で約1,400g、成人女性で約1,230gだと言われているそうです。

そんな中で大観さんの脳の重さは脅威の1,640gだったそうです!

とても頭脳明晰であった様に見受けられますね!

まとめ

いかがでしたでしょうか?

小学生の頃から横山大観さんの詳しくは知らなくても、

その名前や作品の一部は、美術の教科書等で無意識に見ていたなと実感します。

日本画家である為、壮大でスケールの大きく優雅な絵が特徴だと思いますが、今見てみると、

これは小さい頃に見たなという無意識に目にしていた記憶がよみがえります。

 

富士山をモチーフにした絵がたくさん残されていますが、

どれを見ても日本人の心である富士山がうまく特徴的に描かれており、巨匠と言われただけの持ち味が生かされています。

巨匠というだけあり一風変わった生活であったようですが、今一度彼の作品にもふれてみたいなと思いました。

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