ダイアナ妃の姉や元恋人が気になる!離婚原因や最期の真相に迫る!

ダイアナ妃がこの世を去ってから、もう既に20年以上経ちます。

美しい容姿と人柄から、イギリス国内外で絶大な人気を誇りました。

もちろん日本でもファンが多いですね!

ダイアナは生涯に3度来日していて、その度にフィーバーも起こりましたし、

たびたびテレビでも特集を組まれているので、その存在を知る人も多いのではなないでしょうか?

彼女を永遠に忘れることは無いでしょうね。

ところで、世界的に有名な美貌の人物で、歴史上の人物と言ったら誰を想像しますか?

クレオパトラや楊貴妃などですね!

そしてこのダイアナ妃もまた歴史に刻まれると思います。

彼女の美貌と知性と悲劇はずっと語り継がれていくのではないでしょうか?

ダイアナ妃を苦しめたチャールズ皇太子の浮気相手である夫人とは一体?

ダイアナ妃が心から愛したと言われる医者との関係は?

そしてダイアナ妃の最期の真相はいかに?

悲劇から20年経過した現在ダイアナ妃についてその真相を詳細に書きたいと思います。

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プロフィール

ダイアナ元妃の生年月日は、1961年7月1日生まれです。

結婚前の本名は、ダイアナ・スペンサーさんでした。

父親は、エドワード・スペンサー氏。

母親は、フランセス・スペンサー夫人。

彼女には2人の姉がいるのですが、第4子がダイアナ妃本人でした。

ダイアナ妃は成績は良くなかったが、スポーツ万能だった学生時代を過ごします。

ダイアナ妃は、身長178㎝だったそうです。

もともとバレリーナを志望していたそうですが、高身長の故、断念さざるを得なかったそうです。

ダイアナ妃の両親は彼女が少女時代に離婚をしていて、母親の愛情に恵まれずに育ちました。

ダイアナ妃自身も将来は結婚して幸せな家庭生活を送りたいと強く要望していたのではないでしょうか?

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ダイアナ妃の姉

ダイアナ妃には、二人の姉がいました。

その名もセーラ・マッコーコデール夫人とジェーン・フェローズ夫人です。

セーラ・マッコーコデール夫人は1955年3月19日年生まれ

 ジェーン・フェローズ夫人は、1957年2月11日生まれです。

チャールズ皇太子は当初、姉のセーラさんに興味を持っていて、交際していていました。

1977年に、はじめてダイアナ妃は、チャールズ皇太子に王室主催の競馬大会で出会ったようです。

しかし、この時チャールズはダイアナの姉の恋人であり、あまりダイアナ妃に対しても特別な感情も無かったのかも知れなく特に恋仲になるという事は無かった様子です。

その後、チャールズ皇太子が姉にふられると、パーティーを通じて親交を深め、ダイアナ妃が20歳の時に結婚しました。

最初は姉の方を好きになり、次に妹の方にいくなんて、チャールズ皇太子も気持ちの変わりやすさには驚きですよね。

さらに後述するカミラ夫人という人物も出てくるわけですからトラブルを招いた人物は、チャールズ皇太子といっても過言ではありませんね。

離婚原因

実はダイアナ妃とチャールズ皇太子は、結婚当初から夫婦の関係は良好とはいえませんでした。

そして、ダイアナ妃は婚約後に過食症が始まったそうです。

その原因は結婚生活や家庭生活など、そしてチャールズ皇太子の浮気によるものなどのストレスもあったようです。

しかし、夫婦関係は上手くなってはいないにもかかわらず、新しい家族が誕生していきます。

結婚から約1年経った後の1982年に長男・ウィリアム王子が誕生。

更に1年後の1984年に次男・ヘンリー王子が誕生します。

チャールズ皇太子は子供が生まれてからは、家族と共に過ごす時間が多くなったそうで、家族にベッタリとなったそうです。

しかし、一方で、チャールズ皇太子にはダイアナと出会うずいぶん前から長い間交際していた女性がいました。

その人物こそが、カミラ夫人です。

実はカミラ夫人とチャールズ夫人はダイアナ妃と結婚する前から仲が良かったらしく、

1971年ごろに出会った2人は、共通の趣味もあり、仲を深めました。

1973年にチャールズ皇太子が海外のイギリス海軍に参加する事になり、関係はいったん保留となってしまいます。

結局、カミラ夫人は、以前から度々交際していたと言われるアンドリュー・パーカー・ボウルズ氏と1973年に結婚します。

しかし、結婚後もチャールズ皇太子とカミラ夫人との関係は続いていたのです。

お互いが既婚者でありながら、不倫を続けるというまさに昼ドラのようで、王室もドロドロとしていた事が解りますね!

いちばん可愛そうなのは、ダイアナ妃です。

結局、そんな状況で結婚生活は続く訳も無く、1992年にダイアナ妃とチャールズ皇太子は別居します。

別居の原因はチャールズ皇太子とカミラ氏の長年の不倫でした。

チャールズ皇太子とカミラ夫人の携帯電話での会話の録音も残されていて証拠の一つとなったようです。

そして、ついに結婚から15年後、1996年に世紀のカップルは正式に離婚していまいます。

結婚当時は世界中から祝福されただけにその当時はショックも隠しきれませんね!

チャールズ皇太子との離婚により、ふたりの王子たちの親権は平等に持ち、莫大な慰謝料も獲得しました。

その慰謝料は推定1700万ポンドで日本円に換算すると約29億円だったそうです。

しかし、離婚した時にあの悲劇が近い将来待っているという事はおそらくその時は想像もしていなかったでしょうね!

しかし、カミラ夫人もまた1995年に離婚しています。

カミラ夫人がチャールズと再婚したのは、2005年した。

やはり、ダイアナ妃とカミラ夫人との間での人気は天と地との差でした。

ダイアナ妃のカリスマ性と美貌があり国民的にも非常に人気がありました。

不倫相手であったカミラ夫人との間には国民も相当受けいられないものがあったのでしょうね。

元恋人が気になる!

 

ダイアナ元妃も離婚後の最期の恋人と言われたのが、ドディ・アルファイド氏です。

ダイアナ元妃最後の100日間のなかでもこのドディ・アルファイド氏が重要な人物となっています。

1997年7月からはエジプト人の映画プロデューサーのドディ・アルファイド氏との交際がスタートしたと言われています。

しかし実はダイアナ元妃の真の恋人がハスナットというパキスタン人の医師ですね!

その恋人の名前が、ハスナット・カーン氏という人物で、かなりテレビや雑誌でも話題になる人物です!

ハスナット・カーン氏は、1958年4月1日現在は、 59歳です。

パキスタン生まれで、4人兄弟の長男です。

シドニーの病院に勤務した後にイギリスのロンドンに移りました。

イギリスでいくつかの病院を経験し、キャリアを積んでいきます。

このとき、イギリス国籍を取得し、イギリス人となりました。

ロンドンのとある病院で、1995年9月に2人は出会いました。

ハスナット・カーン氏はダイアナ妃を家族に紹介するなど、もしかしたら2人は結婚も考えていたのでは?

とも言われていました。

お互い惹かれ合い、極秘に交際を開始した2人でしたが、1997年の初夏に破局しました。

ダイアナ妃が真に愛していた男性は、彼女の最期の時に一緒にいたドディ・アルファイド氏ではなく、

ハスナット・カーン氏だとも言われています。

離婚後の活動

ダイアナ妃は離婚後も様々な慈善活動をしました。

例えば、エイズやハンセン病患者の救済や支援といった活動を結婚前から増して更に力を入れるようになりました。

ダイアナ妃が人気があったのもこういった愛に満ちた活動が世界中の人々からも評価されたいたからではないでしょうか?

離婚したダイアナは、人命を助ける元恋人であるハスナットカーン氏の姿をみて、地雷撤去運動や病院に慰問したりするなど人道支援活動に全力で取り組んでいたそうです。

幼少期の離婚、そしてチャールズ皇太子との離婚と辛い人生を歩んできたダイアナ妃ですがこういった慈善活動をすることにより心の寂しさを埋めていたのかも知れません!

ダイアナ妃にとってハスナットカーン氏は恋人であり人とし尊敬すべき人物であり、本来出会うべき人はチャールズ皇太子ではなかったのかも知れませんね!

最期の真相に迫る!

ダイアナ元妃の最期は非常に悲惨でした。

ほとんどの人が恐らくご存知かと思いますが、自動車交通事故に遭って36年の人生を閉じました。

事の真相はというと・・・。

事故の前日、ダイアナ元妃と恋人であるドディ・アルファイド氏氏が五つ星ホテルであるパリのホテル・リッツにいました。

しかし、2人の様子を写真に収めようとホテルの周りには沢山のパパラッチがいました。

そしてパパラッチを避けるようにホテルの裏口から逃げます。

その時間が深夜0時20分でした。

しかし、結局、パパラッチに追われる羽目になりました。

パパラッチの執拗な追跡を振り切るためで、

その時の車のスピードは、135キロから150キロという違法な猛スピードでした。

フランスパリのアルマトンネル内中央分離帯に正面衝突しました。

コンクリートに車が激突して頑丈なベンツが大破したそうです・・・。

1997年8月31日 のことでした。

車を追跡していた数人のパパラッチ達と偶然そこにいた医者が第一発見者となりました。

その時、パパラッチはダイアナ妃の写真を撮り続けていたそうです・・・。

そして病院に運びられ意識が戻らぬまま午前4時ごろには、ダイアナ妃は36歳で還らぬ人となりました。

ただ事故報告書は不審な点も多くねつ造されたのでは?と言われています。

一番不審な点としては、運転手は飲酒と言う報告があったが、実際には飲酒をしていなかったのではないか?

また普段ダイアナ妃はシートベルトをしているのにその日だけしていなかったというのも矛盾が生じていた所です。

だからこそ誰かによって意図的に事故を起こされたのでは?

という陰謀説もあります。

この事故はいまだに解決されていない多くの矛盾点があり、様々な情報が飛び交いますが、実際の真相は解っていません。

映画について

ダイアナ妃をテーマにした映画が出ています。

ナオミ・ワッツがダイアナ役を演じました。

ハリウッドの実力派、ナオミ・ワッツ。そのナオミ・ワッツの姿がそっくりすぎる!と話題を呼んでいました。

この映画はダイアナ妃の最期の2年間を描いた作品です。

2013年の作品ですから、割と最近の作品ですね。

ハスナット・カーン氏やドディ・アルファイド氏との関係も描かれています。

もしダイアナの離婚のリアルな情報を知りたい人は映画を見るのも良いかも知れません!

絶望を抱えた日々―そんな時出逢ったのが人の命を救うことに全てを捧げる心臓外科医のハスナット・カーンでした。

彼に支えられ初めて自分の人生を歩み始めるそんな心の描写を見事に表現したのがこの「ダイアナ」です。

秋の夜長にご覧いただければと思います。

最期に

いかがでしたか?

20年の歳月が経った今でも、イギリスをはじめ、世界中の人々から愛され続けているダイアナ元妃について記載しました!

ダイアナ妃は、外見だけでなく、心も美しく、世界中から愛されていました。

愛に溢れた方だったんですよね。

歴史にもしもはありませんが、もしもチャールズ皇太子がダイアナ妃をしっかりと愛していれば離婚は避けられたであろうし、パパラッチに執拗に追いかけられたこともなかったかと思います。

可愛い孫のジョージ王子やシャーロット王女にも会う事も出来たかと思いうと悔やまれます。

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