土方歳三の妻と子供ついて!子孫や家系図は?イケメンだったかも解説!

幕末に京の治安維持に勤めた「新選組」副長の土方歳三です。

彼は農民の生まれですが、武士への憧れを持ち「天然理心流」の出稽古で教えに来ていた近藤勇と知り合います。

近藤達と共に幕府が募集した浪士隊に参加し、新選組を結成しました。

幕府と共に最後まで闘いぬいたラストサムライです。

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土方歳三の妻と子供は?

土方歳三は生涯独身で妻はいなかったが恋人はいた!?

生涯独身でしたが、美男子で大変もてたそうです。

兄弟が多く、平家、橋本家など親類も多くいました。

土方歳三と舞妓との間に娘がいたが若くして他界!

上七軒の君菊という舞妓と良い中になり、歳三の娘を産んだそうです。

君菊は歳三の死後、他の男性に嫁ぎましたが若くして亡くなりました。

歳三の娘も幼くして亡くなっているようです。

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土方歳三の家系図や子孫は?

家系図について!

父(九人兄弟の四男)→土方隼人義諄、母→恵津の十人兄弟の末っ子として生まれました。

父は先祖代々より継いだ武州多摩郡石田村の名主として土地を治め、温和で慈悲の心を持っていたので人々に慕われていました。

歳三がまだ母のお腹の中にいる時に病死しました。

母は高幡村久野源次郎の娘で歳三が五歳の時に死去しています。

兄弟は、長男→為次郎(盲目の為家督を継がず)、次男(幼くして死去)、長女(幼くして死去)、三男→義厳(喜六。家督を継ぐ)、次女(幼くして死去)、三女→周(16歳で死去)、四男(4歳で死去)、五男→良循(大作。下染屋粕谷家の養子となる)、四女→トク(後にノブと改名)、六男→歳三の順になっています。

兄弟に幼くして亡くなっている者が多いのは、昔は現代のように医学が発達しておらず、子供の生存率が低かったからです。

土方歳三の子孫はいない可能性が高いが兄の喜六には子孫がいる!

子孫は喜六と妻ナカの間に六男一女。

長男→隼人義弘と妻タネの間に三男三女。

長男→良太と妻万世子の間に三男二女。

長男→康と妻清子の間に一男三女。

長男→佑(たすく)さんと妻陽子さん間に三女。

佑さん(喜六の5代目)が土方歳三資料館を作りますが、公開直前でお亡くなりになります。

妻の陽子さん土方歳三資料館の館長を務め

三女の愛(めぐみ)さんが、土方歳三資料館の館長を務めています。

愛さんと夫泰斗さんの間には二男一女がいます。

歳三の生家は平成二年に建て替えられるまで存在し、歳三は座敷にあった大黒柱を相手にお風呂上りにふんどし一つで相撲を取っていたそうです。

現在建て替えられた母屋の一角には「土方歳三資料館」が設けられ大黒柱も移築されています。

土方歳三の姉ノブの子孫が佐藤彦五郎資料館の館長

歳三が最もなついていたすぐ上の姉ノブは日野の名主(日野宿本陣)佐藤彦五郎に嫁ぎました。

彦五郎はノブの従兄(いとこ)です。

現在は、佐藤彦五郎の直系の子孫である佐藤福子さんという方が佐藤彦五郎資料館の館長を務めています。

日野宿本陣にはよく歳三が転がっていた部屋があり、そこから見える庭を彼も眺めていたのかもしれません。

ノブの夫の佐藤彦五郎は自宅にもなっていの日野宿本陣に道場を開くきます。

そして、日野宿本陣で天然理心流(近藤内蔵之助が創始)を教えに来ていた近藤勇、沖田総司、山南敬助、井上源三郎たちと運命的な出会いをしました。

資金面も含め新選組を支援していました。

歳三が箱館から市村鉄之助に遺髪と写真、手紙を託し彦五郎の元へ持っていかせましたが、「使いの者の身の上を頼む」との手紙にかかれていた通りに鉄之助をかくまったそうです。

土方歳三はイケメンだった!

先ほど独身だったという事であったので、女性に縁が無かったともしかしたら誤解されるかもしれません!

しかし、土方歳三はイケメンでした。

大変もてたそうです。

 

こんなつぶやきを見つけました!参考にしていただければ!と思います。

実は現代の女子にも非常に人気があるんですね!

土方歳三はイケメン!しかし、要旨だけでなく、その生き様も人気があるのかも知れません!

土方歳三の生まれやにエピソードついて!

土方歳三の生まれは武州多摩郡石田村

武州多摩郡石田村に生まれました。

彼の家は「お大尽」と呼ばれる程の豪農で10人兄弟の末っ子です。

生まれる前に父「隼人義諄」は病死しています。

母「えつ」は歳三が6歳の時に亡くなり、兄の喜六が親代わりをつとめました。

【土方歳三のエピソード】ぼた餅の話が面白い!

隊士募集の為帰郷した際、親戚の家を訪れました。

その家のおばあさんがぼた餅を作っているので食べて行けと言った所、「急いでいるので結構です」と答えました。

おばあさんが「ぼた餅の一つも食べていけないようでは戦に勝てないよ!」と言ったので歳三は素直に食べて行ったそうです。

土方歳三のドラマに出ていた俳優といえば山本耕史

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大河「新選組!」では山本耕史が土方歳三の役をやっていました。

監督を務めた三谷幸喜氏が数年前から「土方をやるなら彼しかいない!」と目をつけていて、スケジュールを開けておくようお願いしていたそうです。

NHK朝ドラ「あさがきた」にも数年ぶりで「土方歳三」として出演し、大きな話題を呼びました。

まとめ

新選組は何となく知っていたけど、土方歳三という人に興味を持ったのは、司馬遼太郎の「燃えよ剣」がきっかけでした。

この本には歳三が血の通った生きた人間として生き生き描かれています。

ほんの150年程前に幕府と共に戦った熱い偉人に想いを馳せてみるてはいかがでしょうか。

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